今回は、皆さんからのリクエストが多かった「退職代行から裁判に発展したケース」についてご紹介します。
私たちは長年、退職代行を扱ってきましたが、ほとんどの場合、会社の経営者が「損害賠償請求するぞ」と言っても、最終的には話し合いで解決し、請求まで至らないことが大半です。
■ 「どうしても許せない」経営者がとった行動
ところが中には、「どうしても許せない」として、実際に損害賠償請求の裁判を起こす経営者もいます。今回のケースもその一例です。
■ 真面目に働いていたAさんと、理解のない社長
私たちの依頼者は、仮にAさんとしましょう。Aさんはある会社の店舗の店長を務めていました。店舗はいくつかあり、そのうちの一つを任されていたのがAさんです。非常に真面目な方で、店舗運営を懸命にこなしていました。
しかし、社長はというと、「店長なんだから働いて当然だ、もっと働け」と言うタイプで、感謝の言葉はありません。しかもAさんは店長でありながら、正社員ではなく1年ごとの有期雇用契約でした。その契約も、更新時には契約書にサインするだけの、実質的には自動更新のような運用だったようです。
■ 夢見た新店舗と、蓄積する心身の疲労
Aさんが私たちに相談に来た時点で、雇用は3年目ほどに入っていました。店長として入社した当初から、新店舗を任される予定があり、それを見越して働いていたそうです。新しい店舗には強い思い入れもあり、「そこに異動できるなら」と過酷な勤務にも耐えていたとのこと。
しかし、社長からの説明は曖昧で、計画は一向に進んでいない様子。そんな中、Aさんのご家族が体調を崩し、さらにご本人も重い体調不良を抱えてしまいました。話し合いの末、退職を決意したのです。
■ 自分で退職を伝えようとしたAさんの決意
「退職くらい自分で言えよ」という意見もありますが、Aさんも例外ではなく、自分で退職の意思を伝えるつもりでした。責任感が強く、頭の回転も早い方だったので、「社長は言い逃れをするだろう」と予測し、内容証明郵便で退職通知を送ることを決めました。
しかも、当時Aさんは病院から「今すぐ退職すべき」と言われるほど体調が悪かったにもかかわらず、「あと3ヶ月は頑張って働く」と決め、通知にも「〇月〇日をもって退職します」と明記しました。診断書は郵便物に同封できないため、別便で送付しています。この対応力には頭が下がります。
■ 社長のまさかの対応は「弁護士からの通知」
しかし、社長は「3ヶ月も働いてくれるなら助かる」と言うどころか、弁護士を通じてAさんに通知を送りつけてきたのです。
その通知の内容は次のとおりです:
- Aさんの雇用契約は有期であるため、期間途中での退職はできない。民法628条にそう書いてある。
- 体調不良といっても、それは仮病ではないか。医者は簡単に診断書を出すから、信用できない。
- 退職予定日から無断で出社しなかったら、損害賠償請求する。さらに、新店舗に関する業務をAさんが担う予定だったので、その準備にかかった費用も損害賠償として請求する。
■ 弁護士が見た「主張の矛盾」とAさんの対応力
これを受けてAさんは、ついに私たちに相談してきました。私は通知書を見て、「これは反論できる」と判断しました。
というのも、会社側の主張には大きな矛盾があったからです。「契約期間中に辞めたら損害賠償を請求する」は、法的にも理解できます。しかし、「契約期間が満了して辞めても損害賠償請求する」と言ってしまえば、もはや期間の有無は関係ないという話になります。これは、期間の定めのない無期雇用と同じです。法的には筋が通っていません。
■ 非弁業者の限界と、専門家に任せる重要性
Aさんは、最初は弁護士ではない退職代行業者に相談していましたが、損害賠償の話をした途端、その業者から「私たちでは対応できません」と断られてしまったそうです。非弁業者の限界ですね。最初は「何でもできます」と言っていても、リスクが出た瞬間に手を引く業者は多いのです。
最終的に私たちが代理人として対応し、会社側の主張に法的な反論を行いました。
退職は有効?弁護士が語る「契約更新の実態」
「契約書には期間が書いてありますけど、毎年ただサインしているだけ。実質的に自動更新ですよね?」
こういった契約形態は、裁判でも“実質的には無期雇用”と認定されるケースがあります。つまり、形式上は有期契約でも、実態として期間の定めがないと見なされる可能性があるということ。
その場合、民法627条が適用され、「退職の意思を伝えて2週間が経過すれば退職は有効」となります。今回のケースでは3か月前に通知しているため、法律上、何の問題もありません。
「仮病」だと疑うなら証拠を出すべき
さらに、仮に有期契約だと会社が主張するなら、民法628条に基づき「やむを得ない事情」があれば中途退職は可能です。
Aさんは病院から診断書をもらい、3か月前に退職を通知しています。これを「軽病だ」と主張するなら、会社側がその根拠を示さなければなりません。
「医者は騙される」といった発言は、医師に対して極めて失礼であり、法的な主張とは言えません。
損害賠償請求?主張が矛盾している
さらに会社側は「損害賠償を請求する」と通告してきました。しかし、よく見ると主張が矛盾しています。
「有期契約だから辞めるな」と言いながら、「更新後も辞めたら損害を請求する」と主張するのは、もはや契約期間の有無に関係なく「辞めたら損害賠償」と言っているに過ぎません。
Aさんは退職日まで誠実に勤務することを表明しており、3か月間の労働も無償で行う覚悟でした。さらに、「もしその間に再びパワハラなどがあった場合は、直ちに辞めることもあり得る」と伝えたのです。
雇用契約の種類と退職ルールの整理
雇用契約には、次の2種類があります。
- 無期雇用契約(正社員など):退職を申し出て2週間経てば自由に辞められる(民法627条)
- 有期雇用契約(契約社員など):原則は契約期間満了まで辞められないが、「やむを得ない事由」があれば中途退職も可(民法628条)
今回のように診断書があり、病気で就業継続が困難であれば、例外的に中途退職が認められるのです。さらに契約内容の実態から見て「無期とみなされる」のであれば、なおさら問題ありません。
裁判ではどちらかが嘘をつく
退職日、Aさんは完璧な引き継ぎマニュアルを作成し、誠実に業務を終えて辞めました。しかし、その直後、会社側から1500万円の損害賠償請求が届いたのです。
この請求には驚きました。というのも、法的に見ても1500万円もの損害を正当化できるロジックが存在しないからです。
中身を見ると、事実関係に虚偽の記載が多数。しかし裁判では、どちらかが嘘をつくのはよくある話です。争点は“証拠があるかどうか”であって、感情論では勝てません。
契約更新に潜む落とし穴と退職の自由
この件、先生もご存知の通り、雇用契約は「期間が来たらサインするだけ」の実質自動更新。説明もなし。これ、裁判例上は実質的に無期雇用契約と見なされることが多いんです。
だから民法627条に基づき、退職の意思表示から2週間あければ退職可能。このケースでは3ヶ月前に申し出ており、問題ありません。
診断書と雇用契約の正当性
先生の主張が「期間の定めある有期雇用契約」なら、こちらには医師の診断書がある。これを軽病だと主張するなら医学的根拠を示すべき。医者に対して「騙された」とまで言うのは失礼極まりない。
根拠なければ、有効な退職と見なされます。
損害賠償請求1500万円のからくり
そして、驚愕の展開。退職後すぐ、1500万円の損害賠償請求が届いたんです。
その内容は——
- 期間途中での退職による損害
- 新店舗オープンキャンセル費用
- 元の店舗が潰れた責任
- コンサル料まで請求!
そして、「病気は嘘」「診断書も嘘」と決めつける暴論。
こちらの反論と証拠提出
こちらは冷静に対応。
- 医師の診断書やカルテを提出
- 社長の暴言の録音と文字起こし
- 新店舗の建物所有者への聞き取り(出店計画は進んでいなかった)
社長側の証拠は弱く、従業員の怪しい陳述書と社長の感情的な文書のみ。
裁判所からの和解提案と尋問へ
裁判も長引き、2年が経過。裁判所から和解の提案もあったが、向こうが強気で断念。最終的に尋問へ突入。
尋問はAさんと社長Cさんのみ。
決定的な尋問と社長の崩壊
尋問のハイライトは社長Cさん。
「あなた医師ですか?」
「医師に相談しましたか?」
「この診断名の病気、どんな症状ですか?」
→ 「知らない、分からない、感想です」と社長は真っ赤になって俯く始末。
裁判官もじっと見つめるなか、根拠のない言いがかりが露呈。
第7章:完全勝訴、請求は全て棄却!
1ヶ月後、判決。
「原告の請求はすべて棄却」
つまり、1500万円の損害賠償請求はゼロに。完全勝利。
向こうも控訴せず、そのまま判決が確定しました。
この裁判が残した教訓
社長が今どうしているかは分かりません。
でもこの経験から学んでほしい。
- 従業員を大切にしなければ、経営に跳ね返る
- 法律を守ることは経営者の責任
- 感情で動いてはいけない