今回は、パワーハラスメントが発生した際の対応について解説いたします。
パワハラは、職場であれば業種を問わず、どこでも起こりうる問題です。
パワハラ相談の一例と初動対応の課題
パワーハラスメントに関するご相談は、私たちのもとにも多く寄せられています。
今回は、そうしたご相談の一例をご紹介します。
ある企業の社内相談窓口に、パワハラ被害を訴える通報が寄せられました。
しかし、相談を受けたのは新しく配置された担当者で、こうした通報への対応経験がありませんでした。
そのため、相談者から何をどのように聞けばいいのか、またどんな段取りで対応すればよいのかが分からず、戸惑ってしまったというケースです。
パワーハラスメントで悩んでいる社員にとっては、このように初動対応が不十分だと、相談したこと自体が無駄だったと感じてしまう恐れもあります。
今回の事例はあくまで仮定の内容ですが、皆さまの企業でも、同様の経験があるかもしれません。
パワハラによる会社の法的リスクとは?
次に、パワーハラスメントが行われた場合に企業側が負う可能性のある法的リスクについて見ていきましょう。
パワハラが発生すると、加害者個人が責任を負うだけでなく、使用者である会社も、一定の責任やリスクを負う可能性があります。
大きく分けて以下の4つのリスクが想定されます:
- 民事責任
- 行政責任
- 刑事責任
- 信用リスク(レピュテーションリスク)
民事責任について
民事責任は、大きく「不法行為責任」と「債務不履行責任」に分けられます。
まず、不法行為責任とは、労働者が職務中に第三者へ損害を与えた場合、会社が使用者としての責任を問われるものです。
この点については、民法715条に定められています。
次に、債務不履行責任についてです。
会社は労働者に対して「安全配慮義務」、つまり安全に働けるよう配慮する義務を負っています。
パワハラが発生した場合、この安全配慮義務に違反したとみなされる可能性があり、結果として民法415条に基づく債務不履行責任を問われることがあります。
行政責任について
続いて行政責任です。
これは、企業がパワーハラスメント防止の体制を整えていなかった場合に問われる責任です。
現在は法律上、パワハラ防止措置を講じることが義務化されているため、違反があれば行政指導や処分の対象となることもあります。
刑事責任について
3点目は刑事責任です。
深刻なパワハラの場合、加害者には暴行罪や傷害罪などが適用されることがあります。
場合によっては、名誉毀損や侮辱といった違法行為に該当することもあり、書類送検や公判請求が行われる可能性もあります。
信用リスクについて
最後に、信用リスク(レピュテーションリスク)についてです。
パワハラが表面化し、大きな問題として報道されると、企業の評判に大きな傷がつきます。
たとえば「コンプライアンス意識が低い企業だ」と取引先に見なされ、取引を打ち切られるリスクが出てきます。
また、「職場環境が悪い会社」という悪評が広まれば、採用活動にも悪影響が出るかもしれません。
このように、パワハラを放置することは、企業の存続に関わる重大なリスクとなり得ます。
パワハラ発生時の対応ステップ
パワハラが発生した際の対応として、企業が取るべき基本的なステップは次の4つです。
- ヒアリングの実施
- 事実関係の精査
- 社内処分の検討
- 再発防止策の検討
それぞれのステップで気をつけるべきポイントを解説していきます。
ステップ1:ヒアリングの実施
まず、会社にパワハラの相談が寄せられた場合、「対応すべきかどうか分からない」と迷う企業もあるかもしれません。
しかし、パワハラ相談があったにも関わらず会社が何の対応もしなかった場合、不作為(何もしなかったこと)を理由に損害賠償責任を問われる可能性があります。
実際に、横浜地裁(平成16年7月8日判決)や大阪地裁(平成21年10月16日判決)などでも、そうした判断がなされています。
したがって、企業としては、相談が寄せられた時点で速やかに対応することが重要です。
ヒアリングを行う際には、「5W1H」を意識して、時系列に沿ってできる限り詳細な聞き取りを行いましょう。
また、ヒアリング内容は後のトラブル防止のためにも、必ず文書で記録しておくことが大切です。
ヒアリングで確認すべき3つのポイント
ヒアリング時には、次の3点を重点的に確認してください。
- 相談者と加害者の関係性
たとえば上下関係や指揮命令の有無、日常的な接点などがどうなっているのか。 - 加害者の言動の具体的内容
問題となっている発言や行動がどのようなものだったのか。 - 相談者が求めている対応や処分の内容
加害者からの謝罪を望んでいるのか、それとも処分を求めているのか、また配置転換などの希望があるのかどうか。
これらの点を明確にすることで、今後の対応方針を立てやすくなります。
ヒアリングで確認すべき追加のポイント
そして4点目ですが、被害を申告している方が匿名での調査を希望しているかどうか、これも確認していただきたいと思います。
また、5点目として連絡先の開示に同意しているかどうか、こちらも併せて確認する必要があります。
ステップ2:事実関係の精査
ヒアリングが終わったら、次のステップとして「事実関係の精査」に進みます。
事実関係を確認する際には、関係者からのヒアリングだけでなく、メールや手書きのメモなど、できる限り客観的な資料も集めてください。
そのうえで、就業規則や過去の処分事例に照らして、懲戒処分が必要かどうか、将来的な紛争に発展する可能性があるかを検討していくことになります。
場合によっては、この段階で外部の専門家(弁護士など)に調査を依頼することも視野に入れていただければと思います。
調査・確認すべきポイントは、後の処分の妥当性や交渉の見通しにも大きく関わってきます。
将来的に専門家へ依頼する可能性があると考えるのであれば、できる限り早い段階で相談しておくことが重要です。
事実確認に必要な4つの材料
事実関係を調査・確認していく上で、次の4つの材料を押さえることが重要です。
1つ目は、先ほど申し上げたような客観的な資料です。
たとえば、メール、メモ、写真、動画などが残っていれば、それらを集めてください。
2つ目は、関係者からのヒアリングです。
相談者本人だけでなく、加害者や第三者(目撃者など)にもヒアリングを実施してください。
この精査の順序については注意が必要で、まずは客観的な資料の収集を優先することをおすすめします。
客観的な資料がない状態でヒアリングを行うと、本当に事実が語られているのかどうかを検証できないという問題が生じます。
客観的な資料があるからこそ、相談者や加害者、第三者の証言がどこまで信用できるかを判断することが可能になるわけです。
この順番を逆にしてしまうと、意味のあるヒアリングにならない恐れがありますので、注意してください。
また、加害者にヒアリングを行う際には、事前に相談者が匿名を希望しているかどうかを確認し、その意向に沿って配慮することも重要です。
匿名が希望されている場合は、加害者に情報が漏れないよう、対応を工夫する必要があります。
ステップ3:社内処分の検討
続いて、3点目の「社内処分の検討」に入ります。
ここでは、事実関係の確認結果や、相談者の希望、加害者の行為の内容や程度に応じて、加害者に対する懲戒処分を検討していくことになります。
その際は、就業規則や過去の処分事例を参考にしながら、公平性を欠いた処分にならないように十分配慮してください。
また、加害者が被害者に対して逆恨みをするといったケースも決してゼロではありません。
そのため、被害者を守るという姿勢を会社として徹底する必要があります。
これらの点を踏まえたうえで、加害者に対する懲戒処分などを実施する際には、慎重な配慮が求められます。
ステップ4:再発防止策の検討と構築
そして最後に、「再発防止策の検討・構築」です。
社内処分が終わった後は、同様の問題が今後社内で再び発生しないようにするための対策を検討していく必要があります。
パワハラ対策として一般的に実施されているものは、次のような事例があります。
再発防止策の具体例
- 管理職を対象としたパワハラ研修や講演の実施
- 次の段階として一般社員を対象とした研修や講演の実施
- 相談窓口が未設置の場合は、速やかに設置を検討
- 就業規則や社内規定が未整備の場合は、早急に整備を進める
また、パワハラ防止法の成立により、企業にはより一層の対応が求められるようになっています。
さらに、パワハラが表面化していないだけで、他にも同様の事例が存在している可能性もあります。
そのため、社内アンケートなどを通じて実態調査を実施することも、効果的な手段の一つです。
専門家との連携も重要
ここまで紹介した4つのステップを的確に実施するには、社内対応だけでは難しい場合もあります。
そのようなときには、弁護士などの外部専門家に相談することも選択肢のひとつとして検討していただければと思います。
最後に
以上が、パワーハラスメント発生時の対応についての解説となります。
パワハラの問題は、少子高齢化に伴う人手不足という状況の中で、今後ますます注目を集めると考えられています。
特に、人手が足りない中小企業では、パワハラ問題に対してより一層の注意が求められるといえるでしょう。